インプラントって何ですか?
インプラントとインターネット
この世は言うまでもなくインターネット全盛の時代である。歯科業界でも全国各地の歯科医院がそれぞれ独自のホームページを開設して、盛んに宣伝を行っています。中でもここ数年、特に目立っているのがインプラント治療ではないでしょうか。新聞やテレビでの宣伝はもとより、インターネットにも沢山掲載されていますので患者さんはそこからいろんな知識や情報を簡単に得ることができます。
ところが、その内容というのは様々で、インプラント4本入れてその日に仮義歯で咬めるようになりますとか、インプラントを入れたその日から咬めるようになります。といった内容がよく見かけられます。また、インプラントについての情報は非常に限られており何を信じていいのかわからないというのが現状です。現在、主に使用されているチタン製のインプラントが患者さんに埋め込まれるようになって高々40年の歴史しかないのはご存じでしょうか。
1950年代にスウェーデン、イェーテボリの整形外科医であるブロネマルク博士がチタンと骨がくっつくという事を偶然発見した事から始まりました。博士が動物実験を行っている時、ウサギの骨に計測用のチタン製キャリパーを埋め込みました。実験が終った後、骨から撤去しようとしましたが、骨とくっついて取れなくなったことを不思議に思い、まさかそんな事はと、同じ事を繰り返してみましたが、やはりくっついて離れないという結果でした。その後、チタンと骨は親和性が非常に高く、お互いに接合(生着)するということがわかり、これをアゴの骨に埋め込み、人工歯根として利用できないかということで実験を進めました。その後、歯の代用として十分に使えるとういう事を確認した後に製品化され、患者さんに応用されるようになりました。
それ以来というもの、様々な国で様々なチタン製のインプラント(人工歯根)が開発され、現在その数たるや数十社にのぼると言われています。また最近では、チタンは生体との親和性が非常に高いとの理由でめがねのフレームや時計のバンドやネックレス等にも使われているのは周知の事です。
インプラントの過去と現在
現在のインプラント治療と類似の事が行われていたのは紀元前にさかのぼるといわれています。貝殻や象牙が人のアゴの骨に入れられていたり、動物の歯が死者のアゴの骨に埋められていたり様々なことが行われていました。その当時は迷信であったのか宗教的な、または社会的な背景があったのかは想像の域を超えませんが、その後の歴史をたどると現在のように金属が人工歯根として使用されるようになったのは、おおよそ15世紀(ルネサンス)頃ではないかといわれております。乳歯は人が生まれて6年から12年くらいで永久歯に生え替わりますが、永久歯は一端抜けると元にはもどりません。
そこで第3の歯として登場したのがインプラントである。いままでの治療方法ですと歯が抜ければ入れ歯にするかそのままにしておくか、両隣を削ってブリッジにするか、どこかの歯に引っかけて被せる(義歯)という選択肢でしたが、見た目もいいし、歯のように咬めるということでインプラントを選択する人が増えてきたのも事実です。
しかしながら、インプラントという概念は太古の時代から存在していた事であり、特に新しいものではないと考えた方がいいのではないかと思います。世界的にも高齢化社会が進み、人は長く生きられるようになりました。と同時に楽しみも、体が動きづらくなくなった分、食べるということに意識が向くようになりました。 "美味しく食べて綺麗に痩せよう" の標語が "インプラントで美味しく食べて綺麗に痩せよう" というような言葉に変わっていくかもしれません。
ところで、インプラントとは何かという問いに対して、歯の代わりになる物です。という事はおおよそ間違いないことであろう。インプラントを入れた患者さんに聞くと「咬んでも痛くもないし、頭にも響かないし、自分の歯と同じように物が咬めます」とほとんどの人が言うのである。ただし、これはあくまでもうまくいったケースで(大部分がうまくいくのであるが)そうでない場合もあります。
そこで最近では、患者さんに、「インプラントはチタンという金属でできていますから、金属のボルトがナットにはまっているのとは訳が違います。無機物質(チタン)が有機質(骨)に埋っている(生着してる)のですから、普通に考えても、何が起こってもおかしくないんじゃないですか。ですから、インプラントで何でも咬めます。とか、これは一生モノです。みたいな考えはしないで下さい」というふうに説明しています。
この40年間にわかった事といえば、インプラントは骨と確実にくっつく。インプラントは咬む道具として確かに使える。ということだけなのです。インプラント体の表面の性状や形を含め、上に被さるものの形態、どんな大きさの物を何本埋入したらいいのか、どの方向に埋入する方がいいのか等々、いまだに確立されていないものばかりなのです。つまり、歯科医療の中ではまだまだ発展途上であると思っていいのではないでしょうか。
現在の歯科医療は歯周病に対する予防や虫歯にならないようにするにはどうしたらいいのかという事がよく叫ばれています。北欧の国々では幼稚園にキシリトール入りのガムが常に教室に置いてあり、園児はいつでもガムが噛めるようにしています。もちろん、その子どもたちのほとんどといっていいほど虫歯がありません。これから先の問題として残るのは、人は乳歯から永久歯に生え替わるとその歯を一生使うつもりでないと、抜けてしまった後は絶対に生えてこないという事です。つまり、自分の歯をいかに長くもたせるか、いかに長く自分の歯で美味しく食べるかということに主眼がおかれる事になります。これはガンと同じで、虫歯の早期発見、歯周病の早期発見が必要で、こまめに歯医者さんに行って定期的にチェックをしてもらわないと手遅れということになりかねません。最近では歯周病にならないためにはどうすればいいか、その予防と治療の重要性が叫ばれるようになりました。そこで、次のような展開になるのですが。
インプラント治療のイノベーションと未来
インプラント治療が今後どのような方向に進んで行くのか予測しますと、世間一般には普通の歯科治療としてすでに認知されていますので、決して特別な人が特別な人にできる治療方法ではなくなるのは確実です。
といいましても、今までの歯科治療には全くなかった事ですので、手術をする方もそれなりの知識が必要なのは当然ですが・・・。今までは、インプラントが骨にくっついてしかも物が咬め、高い値段ですが、車よりもかなり長い間使える。ということがわかった時代でした。今から先は、自分の歯をいかに長く保存していくかという事が大切になり、最終的に抜けてしまえば、人工歯根(インプラント)に置き換える事が一般的に考えられます。われわれ歯科医師は歯が全くなくなった場合をのぞいて、部分的にインプラントに置き換えられた時、残された自分の歯とインプラントとを、同じ口の内でいかに良好なコンパティビリティー(共存、共生)をはかるかということを将来の目標として考えなければならなくなってまいりました。すでに、歯並びの矯正の治療の中では骨の中にインプラントを入れ、それをアンカーとして歯を移動させる道具として応用されています。これから先は同じように、自分の歯の保護のために戦略的に応用される時代が来るのではないでしょうか。
つまり天然歯は歯根膜腔(歯と骨の間の軟組織の隙間)があるため生理的な動揺がありますが、歯周病の進行による骨の吸収や退縮、または加齢によりその隙間が大きくなり動揺はさらにひどくなります。
それと比較して、インプラントは一旦生着すると動かないのです。実はこのことは最大の利点で、何らかの理由で歯列の途中で歯が抜けた状態(中間欠損といいますが)はもとより、特に著しいのは、小臼歯や大臼歯(特に第1、第2大臼歯)が抜けると、物を咬んだ時の側方(後方)圧に対する支えがあまくなってまいります。中間欠損で両隣りの神経を抜いて削って、ブリッジにするという事が今までは当たりまえの治療として行われていましたが、今から先はインプラントをこの間に入れて支えるということが選択肢として加えられるようになってきました。つまり両隣の歯はそのままで、両隣とコンタクトを取れば(接着はしない)、側方圧へのストッパーとなりうるだけでなく、橋桁として使われた両隣の歯の負担も軽減できるのである。この考え方は、部分欠損(遊離端)の場合も同様で小臼歯や大臼歯が連続して欠損すると側方へのバランスは全く崩れてしまいます。そこに、義歯を使用して残った一番端の歯にストッパー(クラスプやレスト)を付けたり、その他の歯に支持を求めたりします。ストッパーに使用したり、支持に使用されますとその歯に当然負担がかかりますので、最終的にドミノ倒しのように順番に抜けていくという事が考えられます。そこで、歯が欠損した歯列弓の最後は動かない、インプラントで支えるべきである。というのが私の考えである。つまり上下のアゴのそれぞれの歯にかかる力のトータルバランスを考えなければならないのではないかと思っています。
また、ストッパーとして利用するという考え方は総入れ歯にも当てはまることで、総入れ歯をしても、入れ歯が動いて咬めないという人には、入れ歯のストッパーとしてインプラントを何箇所か入れ、入れ歯の中に数本差し込むようにすればそれだけでも入れ歯は全く動かないのである。また、最近の考えとしては、上アゴと下アゴの両方に言えることであるが、第2大臼歯が抜けてしまった場合、できるだけそこに、イプラントを入れておくべきであるという考えである。これは歯の列の外向き(遠心方向)への力のバランスを考えた時、ストッパーとしてインプラントを入れておくと外方向への動きをブロックしてくれるのである。この動きを止める事だけでも歯周病の進行を止めるのに役立つのではないかと考えています。当然残っている自分の歯は専門的な歯周病の治療を行うのが条件となりますが。つまり歯列の最後に入れたインプラントは噛む道具として使うというよりむしろ、歯周病予防のために横支えする道具として使うというのはどうであろう。
最後に、家の建築や橋の建設と同じように、インプラント治療というのは歯科医師にとって最もクリエイティブな作業であり、いままでの歯科医療の中には土台(根っこ)からモノを作り上げるという作業はなかったのです。このことから考えると、むしろインプラントというものは、従来の歯科治療の概念を抜きにした、全く新しい概念が必要となっているのではないでしょうか。つまりインプラントを金属のボルトとして考えると、そのボルトにはそれにふさわしい(適応する)上部の頭が存在してもいいのではないだろうか。当然、患者さんもあまりインプラントに期待をしない方がいいような気がします。一生モノみたいな考えもしない方がいいと思います。自分の歯で今まで咬めていた物が何でも咬めるとか思わない方がいいと思います。というのは前にも述べましたように金属のボルトが骨にくっついており、ナットにはまっているわけではないのですから、けっして無理はできません。
つまり、骨が下がってインプラントが露出したり、途中で抜けてきたり、何が起こっても不思議はないのです。しかし、すばらしい事にこのボルトが骨とくっつくというのは事実で、一度くっつくと全く動かないのも事実です。20世紀はインプラントが歯のように咬む道具として使えるという事がわかった時代でした。さて、21世紀はこれをどのように利用していくかということが、われわれ歯科医師に課せられた任務ではないだろうか。
2010年8月
元九州大学歯学部・准教授
福岡口腔インプラント研究所代表
久保敬司

